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【編集部ニュース】京都・城下町伏見の『寺田屋(てらだや)騒動』を紹介します‼ @京ちゃんの伏見ヒストリー日記  

まいぷれ京都市伏見区編集部

まいぷれ伏見区編集スタッフ
京ちゃんです☆

『寺田屋』は、京阪電車中書島駅より徒歩約5分、または、近鉄電車桃山御陵前駅より徒歩約10分の所に位置しています。

幕末には、薩摩藩の定宿となっていました。


「寺田屋騒動」は、現在の伏見ある旅館・寺田屋で起こった二つの事件のひとつです。
ひとつは、1862年に起こった薩摩藩の内紛で、「寺田屋騒動」といわれています。
もうひとつが、1866年に起こった伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件です。
二つの事件に連続性はありませんが、区別するための歴史用語として、「寺田屋事件」を用いる場合は「寺田屋騒動」のみを指すのが一般的だそうです。


「寺田屋騒動」とは、薩摩藩主の島津久光は、幕府の滅亡を願う尊皇派の希望を背負っていましたが、実は倒幕の意志はなく、幕藩体制の再強化をはかる「公武合体」の路線を目指したのです。
その展開に驚愕した薩摩藩の過激派は、藩の尊皇派の志士と共謀し、蜂起を起こそうと試みていたのです。


この動きを知った島津久光は、藩士を説得しましたが、止められませんでした。
蜂起が起きたとき鎮圧するために、剣術に優れた奈良原喜八郎ら9名の藩士を伏見に派遣しました。


薩摩藩過激派は『寺田屋』で蜂起のきっかけとして、関白九条尚忠と京都所司代酒井忠義を襲撃する計画を立てていました。
そこに奈良原喜八郎らが現れ、激しい斬り合いが始まったのです。


その結果、過激派が鎮圧され、島津久光は「公武合体政策」の実現のために、江戸に向かうこととなりました。
この騒動で命を落とした薩摩藩過激派の9名の志士たちは「九烈士(れっし)」と呼ばれ、そのお墓が『寺田屋』から徒歩約10分ほどの『大黒寺』にたてられています。



『寺田屋』は、見学や宿泊も可能です。伏見の銘酒を飲みながら歴史舞台で一夜を‼



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基本情報

名称まいぷれ京都市伏見区編集部
フリガナマイプレキョウトシフシミクヘンシュウブ
住所612-8364 京都市伏見区下油掛町157-1 メゾンナガサワ-102
アクセス京阪本線伏見桃山駅より徒歩8分
京阪本線中書島駅より徒歩8分
近鉄京都線桃山御陵前駅より徒歩9分
京橋バス停より徒歩1分
メールアドレスmypl@bond-town.com
営業時間土曜、日曜、祝日は休業日です。
クレジットカードVISA/Master/JCB
駐車場なし
近隣のパーキングをご利用ください。
開業日2019年02月01日
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