伏見人
日本を今一度せんたくいたしたく申候
私は、生まれた日と亡くなった日が同じ(11月15日)と、よく言われています。
しかし、それは我々が生きていた時代の「旧暦」場合です。ちなみに、「新暦」に直すと、1836年1月3日生、1867年12月10日没(享年31歳)です。
なので新暦に直すと、わたしは「やぎ座」です。
良く間違われます。
私が亡くなったのは「近江屋」(河原町通り蛸薬師)です。「寺田屋」では、幕府伏見奉行の捕り方30人ほどに囲まれ、命を狙われましたが、お龍のお陰で命拾いした場所です。
近江屋では、風邪気味だったので好物の軍鶏鍋を、中岡慎太郎と食べようと準備していたところ、襲撃をされました。わたしは、その日に無くなりましたが、慎太郎は襲撃後、数日間は生き延びていました。
「龍馬」が正解です。
現在の新字体では「竜」なので、「竜馬」の字が使われることもありますが、当時は旧字体なので「龍」が正解です。ちなみに、「竜馬がゆく」の著者 司馬遼太郎は、「小説の中では僕のリョウマを動かすのだから竜馬にした」(架空の人物)と語っておられたとのこと。
皆さんの竜馬のイメージは、この「竜馬がゆく」により完成されたものです。しかし、司馬遼太郎は、はっきりと『小説の中での人物』と明言しています。そのため実際の歴史的事実とは齟齬が生じたため、教科書問題が起こっているいます。
霊山墓地の坂本龍馬と中岡慎太郎の像
京阪 中書島駅
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