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伏見人

瀬川卓史さん(伏見港 和船友の会 準備会/代表) vol.246

次世代に歴史と文化のまち・伏見の素晴らしさを継承する伝道者

「和船友の会」(江東区)で手ほどきを受けた元宇和島漁師・船頭さんの写真と共に

今回の伏見人に登場いただくのは、「伏見港   (ふしみこう) 和船(わせん)友の会 準備会」代表を務める、瀬川卓史さん

 

伏見きっての風情ある竜馬通りから中書島にかけての界隈。瀬川さんは、大手筋、納屋町から竜馬通りに入ってすぐ、右手に見える「石臼挽き手打ちそば 甘味処 京乃四季」の店主さんです。

今回は、なぜいま和船なのか、そして準備会の成り立ちから、何を目指しているのかまで、詳しくお話を伺いました。

Q1. どんなお仕事/活動をしていますか?

室町の呉服商だった瀬川さんのお父さんが和船の底板に加工したもの。達者な毛筆もお父さまの手によるもの

“木が好き・船が好き”から辿り着いた伏見港への熱い想い

 

「伏見港 和船友の会 準備会」の立ち上げは2022年。

子どもの頃から親父が釣りが好きで、お供に連れて行ってもらううちに、釣りが好き、船が好きになりました。当時すでに廃船になった和船が、琵琶湖の底に沈んでいました。和船は昔は全国にありましたが、だんだん廃れてどこも廃船になるという道を辿っていました。

 

長年手打ち蕎麦を仕事にしており、こね鉢ものし棒もすべて木製ですし、木は好きでした。そのうち帆船の模型をつくるようになり、それがあまりにも美しくてすっかり惚れ込み、無性に船に乗りたくなりました。

その想いが募り、大阪府主催の「あこがれ」という帆船の乗組員募集に応募したところ当選したんです。二泊三日で40人くらいの乗組員の一員として、体験乗船をしました。

そういった体験が重なり、伏見が30年ほども十石船を走らせているのは素晴らしいと思うようになりました。

秀吉が伏見城を築き、城下町として伏見のまちをつくり、まちの発展のために伏見港をつくった、といいます。そして、高瀬舟で物資を運んできて、伏見港で十石船や三十石船に積み替えて、大阪へ運んでいたという話を聴き、すごい歴史だなあと改めて感嘆しました。

 

 

「伏見港 和船友の会 準備会」代表を務める瀬川さんのお店、四季の食材を使ったお蕎麦を提供する「石臼挽き手打ちそば 甘味処 京乃四季」

和船が大好き、伏見が大好きな「伏見港 和船友の会 準備会」のメンバーさんたち

「和船を造りたい」の想いに衝き動かされ、現役船大工・番匠さんの元へ辿り着く

 

その後もさまざまな経験を通じ、視野も見識も広がり、商店街の盛り上げ・まちづくりの一端を担うなかで、「自分たちで船を造ったらどうだろうか?」という想いが沸き起こり、日に日に強くなりました。

2023年冬に、「船を造ってくれる人を探そう」と思い立ち、伏見は昔たくさん船が出ていたところだからすぐ見つかるだろうと思ったところが、全然見つからない。伏見には淀川造船というところがあったのですが、そこももうなくなっています。

 

何としても、現役の船大工さんを見つけたい。そんななか、富山に番匠光昭さんという方がおられるとわかり、氷見市に会いに行きました。

番匠さんに、京都で和船を造りたいと言うと、二つ返事で快諾いただきました。

氷見は漁業が盛んで、漁船がたくさんあった地域です。氷見市立博物館に連れて行っていただき、そこでガラスケース内に展示してある手紙があり、それが前田利家と伏見のつながりを示す内容だったんです。

そういう背景があるから、単に船を造るだけでなく、「氷見と伏見をつなぐ架け橋になることができれば」、と番匠さんは二つ返事で引き受けてくださり、「私の最後の船を造る」と言ってくださったんです。感動しました。

「子どもたちを和船に乗せたい」「船頭さんはボランティアで」

 

せっかく船を造ると言っていただいたものの、今度は船を浮かべる場所の問題が立ちはだかりました。

いったんはあきらめかけましたが、「子どもたちを乗せたい」「船頭さんはボランティアで」、という想いは募るばかり。そんなとき、東京に「和船友の会」という、なんと30年活動が続いている団体があることがわかりました。早速行って、会長さんやみなさんに話を聴き、なぜボランティアで続いているんですかと尋ねると、「ボランティアだからこそ続くんです」という答えでした。

 

ここがすでに子どもたちを乗せる取り組みをずっと続けてこられています。私のやりたいことをすでにやっておられたんです。とても力をもらいました。

先達「和船友の会」の船頭さん。櫓を漕ぐ姿がキリリとキマッています

東京江東区、花盛りの横十間川親水公園を往く和船

氷見の船大工・番匠光昭さん(向かって左)とのツーショット

 

京都に来て十石船を見る番匠さん。番匠さんとの出会いにより、和船に賭ける夢が一気に現実化してきました

Q2. 大切にしていること/こだわり

伏見だからこそ|和船を中心に据えた、次の世代へつないでいきたい歴史・文化・想い

 

東京で、「瀬川さん、船に乗ってください」と言われ、櫓も持たせてもらい漕がせていただきました。

9メートルの和船に2組の家族が乗っていました。いずれもお母さんと赤ちゃん。私が漕ぎ出したら赤ちゃんが泣きだしたんです。慌てましたが、船頭さんが「大丈夫、もっと腰を入れて!」と指導くださり、ようやく慣れてきたかという頃、ふと見るとお母さんと赤ちゃんが一緒になって居眠りをしていたんです。

 

その光景にハッとしました。こっくりこっくり船を漕いでいるお母さんと赤ちゃん。お母さんは子育てで毎日忙しく、疲れている。そんなお母さんのいっときの癒しになっているんだと思い、和船を動かすことの違った意義を感じました。単に和船の保存だけでなく、親子にも乗ってもらい、下船したあとに郷土史家の若林先生に伏見のお話を子どもたちに向けてしてもらう、そういう活動をしたい、という想いがますます強くなりました。

 

 

和船の模型。屋根を外し、船内を見ることができます

こちらにも和船の模型。川を行き交う様子がそのまま目の目に拡がります

Q3. 伏見のココが好き!!

商店街、そして酒蔵の立ち並ぶ伏見のまち

 

いちばん好きなのは、やはり竜馬通り商店街、この界隈ですね。

ここはまさに坂本龍馬や新選組が闊歩していたまちです。若林先生曰く、この辺りの道筋は当時と変わっていないそうです。寺田屋の事件のときも、民家の屋根を伝って歴史上の人物が逃げたりしていたまちなんです。

 

伏見は酒蔵が多いまちです。北川本家の杜氏さんのお話を聴いたら、「和醸良酒」ということばを大事にしている、と。伏見の美味しいお酒を守っていくためには、酒蔵のみんながこういう心意気を持って取り組まないといけない、ということだそうです。このような伏見独特の歴史に則った気質は素晴らしいと思います。

月桂冠の旧社屋の辺りは京町家が3軒続いています。この風景を見た方は「伏見らしい、美しい。まちなかの京町家とはまた違い、造りがしっかりしている。水害に備えて少し高台になっているのもめずらしい」と感嘆されていました。

こういう景観を守っていきたい、と心から思います。

 

 

Q4. オススメのお店・場所

あふれる自然、四季折々の風景

 

娘がまだ幼かった頃に、四条烏丸のど真ん中から向島に引っ越しました。マンションから店に向かうとき、エントランスの目の前に伏見桃山城が見えます。左手には淀の競馬場も見え、送り火のときは左大文字、舟形、鳥居も見えます。

向島の田んぼからずっと宇治川の河原に出る辺りに時々さんぽに行きます。ヨシ原が一面に広がり、ツバメが飛んでいる。自然が大好きなので、本当にきれいな風景で好きですね。

河川敷野球場の向こうには観月橋界隈と伏見桃山城を臨むことができる美しい風景

Q5. 今後の目標

円山応挙筆「淀川両岸図巻」によれば当時(明和2年、1765年)の川幅はいまの3倍。蓬莱橋、京橋といったおなじみの名称も見えます

夢をカタチに-店内には「こどもぶね」の幟も飾られています

思わず見入ってしまう「和船」にまつわる資料の数々

30年目を迎える東京の「和船友の会」さん。江東区の応援もあり、無料で乗船できます

「子ども船」をすでに実施している「和船友の会」。幼稚園の子どもたちが乗っています

和船が人々の暮らしに溶け込むまち・伏見へ

 

2026年春、氷見から船を運んできて、進水式をすることが当面の目標です。

その他には、いくつかあります。

まず「船の利用」。子どもたちを乗せ、伏見が住みやすいまちになることに向けて、微力ながら貢献できたら、という想いがあります。

次に、観光客に向けて、和船の歴史、伏見港を取り巻く環境にも目を向けてもらい、歴史のまち・伏見のよさを知っていただきたい。

最後に「嫁入り船」を伏見で実現したい。

この話をしていたら早速「この間籍を入れたから第一号で乗せてほしい」という女性がエントリーしてくれています(笑)。文欽高島田姿のお嫁さんと紋付のお父さんお母さんも一緒に、船に乗っていただく。伏見港まで行ったら、そこで人力車に乗り換えていただき、商店街を通って、御香宮さんで結婚式を挙げてもらう。

これを「伏見パック」として提供していきたいと思います。

 

 

 

 

竜馬通り各店舗前に飾られているタペストリー。「石臼挽き手打ちそば 甘味処 京乃四季」前は土方歳三

「私自身が健康でいることも大事」と、「櫓漕ぎ体操」を披露してくれた瀬川さん

Q6. まいぷれスタッフ独自調査中!最後の晩餐に食べたいものは?

即答!京都人として最後に食したいのは…

 

蕎麦ももちろん大好きですが、お茶漬けが大好きです。

梅干し、わさび、海苔、ゴマ、塩。すべて欠かせませんね!

【編集コメント】

落ち着いたお蕎麦屋さんのお席で、瀬川さんにじっくりお話を伺っていると、まさに尽きせぬ泉のように次々と想いがあふれてきて、ことばが紡がれていきました。

とても穏やかな風貌で店主さんの貫禄も充分備えておられる瀬川さんですが、取材を終える頃には「熱い人」だということが身に染みて感じられました。

 

ここで記したのはそのほんの一部でしかなく、物語のごく一端でしかありません。少しでも、瀬川さんの和船への想い、伏見を愛する心、そして次世代に向けたあたたかくも熱いまなざしが伝われば、と思います。

最後に「うまい!」と膝を打ったのが、「まちづくりも蕎麦もつなぎが大事」という一言! おちゃめな一面も見せていただきました(笑)。

 

和船・伏見と氷見を結ぶドラマティックな物語をもっと知りたい方は、ぜひ竜馬通りの京乃四季さんを訪ねてください。瀬川さんが、物語の続きをきっと教えてくれますよ。

(取材 ナッツ)

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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